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	<title>周年倶楽部 &#187; 年史</title>
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		<title>いよいよ周年実績100件超え！エトレの周年実績を更新しました</title>
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		<pubDate>Tue, 08 May 2018 07:17:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[人見真紀]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[事例集]]></category>
		<category><![CDATA[社史（冊子）の事例]]></category>
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		<description><![CDATA[周年倶楽部を運営する、株式会社エトレ周年事業室のオフィシャルサイトには過去の実績を掲載しています。2018年5月、実績を更新。トータル件数を数えてみると感慨深いものがありました。]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<h3>周年事業室のウン十年の歴史がここに</h3><p><br />2015年に開設した周年事業室のオフィシャルサイトには、これまで手掛けてきた実績を掲載しています。その実績を数えてみると、今回の更新分で102件になっていました！（実績の一部は周年史名のみ掲載です）<br /><br />ここで株式会社エトレの紹介を少し。エトレは昭和47年1月31日設立し、今年で47年目を迎えます。家電のセールスプロモーション企画・制作を中心にスタートし、徐々に社内報・DM・企業のPR誌を受注するようになり、90年代ごろから周年史も手掛けるようになりました。<br />思えば、長い歴史（私が入社したのはもっともっと後ですが）…企業の歴史を紐解き続け、「企業価値を高める重要な役割を持っている。単なる歴史の記録に留めてしまうのは勿体ない」とクライアントにお伝えしてきました。<br /><br />エトレの実績は、企業のご要望を受けて「どういった切り口が良いのか」「企業が伝えていくべきもの」を考えて企画を練り、企業ごとにゼロからつくり上げた周年史です。これら実績が、クライアントのもとでこれから受け継がれ、歴史を伝え続けていくことを願っています。<br /><br />周年制作のご予定がある方もそうでない方も、ぜひ周年事業室の実績を一度ご覧いただけると嬉しいです。<br /><br />株式会社エトレ　周年事業室<br />「これまでの実績」<br /><a href="http://shunen.etre.co.jp/works/" target="_blank">http://shunen.etre.co.jp/works/</a><br /><br /></p>]]></content:encoded>
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		<title>社是・社訓⑲～カワニシホールディングス</title>
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		<pubDate>Fri, 13 Jan 2017 01:40:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[斎藤 治​]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[シリーズ]]></category>
		<category><![CDATA[思いを伝える社是・社訓]]></category>
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		<description><![CDATA[独立自尊の精神「カワニシ社員憲章」]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>医療器材商社のカワニシホールディングス（岡山市）には社是とも言える「カワニシ社員憲章」がある。カワニシは創業者の寺岡清照が、1921年に岡山市で設立した川西器械店がルーツという医療器材商社のパイオニアだ。社員憲章は創業者が退いた1985年に始まったCI （コーポレート・アイデンテティ）活動がきっかけだった。新しい時代の企業理念や行動規範が求められるようになった。社員全員が参加して深夜まで激しい意見が交わされた。この作業の中から社員憲章の案文が起草され、企業理念として４項目にまとめ、明文化した。</p><p>一、事業会社の社会的意義<br />・広く国家・社会的視野において公益性を高め、国民医療の品質向上とコスト合理化に寄与することを志す。<br />・ 人材の育成・教育を通じて、事業の有益性を増進し、業界のレベル向上と近代化に寄与することを志す。<br />・ 臨床・基礎両面にわたる医療の発展と顧客の経営能力向上への貢献を志す。<br />・ サービスの高度化・事業の多角的展開をはかり、雇用の創造・拡大と、事業の継続発展を志す。<br />・ 公徳心（公序良俗に反しない心）を保持する。<br />二、組織のあり方と主体性<br />・ 社会的コストへのフリーライディングの上に、事業の繁栄を求めない。<br />・ 政・官の保護を求めず、フェアな競争と取引を旨とする。<br />・ 国家・社会に対し、レベルを超えた保護を求めない。すなわち、事業及び成員個人の保全は、これを自らの責任において果たすことを心がける。<br />三、事業の成長と発展<br />・ 弱者の定義をいたずらに拡大しない。<br />・ 競争の一時的勝利に安住しない。競争による成果は、新たな社会（経済）的価値の創造のために再投資されなければならない。<br />・ わが組織メンバーは、「未来に対する傲慢」ではなく、「未来に対する謙虚」を基本的スタンスとしなければならない。<br />四、組織メンバーのあり方とその成長<br />・ わが組織は基本的に、組織メンバーに対する育成義務を負うが、それはあくまで、メンバー自体に自発的かつ主体的な成長意志があることを前提とする。<br />・ 私たちは、「成長の放棄」はすなわち「生きる資格の放棄」に等しい、との視点に立つ。<br />・ 社員は原則として、自らの成長のために「舞台」を選ぶ権利を持つ、そして、組織は、これを提供する義務を負う。</p><p>企業を発展させるのは、人の力であることを強調しながらも、「成長の放棄」をしたフリーライディングは許さない。独立自尊の精神が貫かれている。社内の「ビジネススクール」では、社員憲章を土台にした人材教育が行われ、年２回のグループ全社員が集まる全社ミーティングでも経営トップのスピーチで必ず説かれ、全員が改めて確認する場になっている。</p>]]></content:encoded>
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		<title>社史編集担当者のための使える社史情報 ③企業アーカイブセミナー</title>
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		<pubDate>Wed, 21 Dec 2016 02:12:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[右田昌彦]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[NEWS・レポート]]></category>
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		<description><![CDATA[この年末、どこの会社でも、大掃除をされるかと思います。]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>その際、「この資料、捨てるべきか置いておくべきか･･･」と悩んだ経験、皆さまはお持ちでないでしょうか。ゴミだと思っていた資料や写真が、時を経て、ある日突然に会社の歴史を物語る貴重な「宝物」になる。特に社史づくりの現場では、往々にしてそんなことが起こるようです。<br />資料をどのように捉え、整理すればいいか。私自身、とある企業の社史編纂担当者として資料整理に携わった経験から、並々ならぬ興味を持っていたのですが、もっと理解を深めたいと、昨年の夏、東京大学で開催された企業アーカイブのセミナーに行きました。<br /><br />主催は、企業史料の価値を伝え、収集・管理についての研究と水準向上に向けた活動をしている<a href="http://www.baa.gr.jp/index.asp">「企業史料協議会</a>」。参加された方の多くは、企業史料協議会の会員企業のメンバーでしたが、経済関係の団体の方や、大学の経営史に関わるような方もおられ、教室は満員でした。アーカイブへの関心とニーズが高まっているのをひしひしと感じました。<br />アーカイブという言葉は、まだまだ聞きなれない、何を意味しているのか分からないという方が多いかと思います。簡単に言えば、企業などで使命を終えて保存しようか、廃棄しようか迷うような資料すべてを指します。そのまま雑然と置いておけばタダの場所ふさぎ、さっさと捨ててしまったほうが、すっきりしていいというものですが、しっかり整理できれば、企業にとって大切な「史料」に生まれ変わる、というわけです。</p><figure id="attachment_685" style="width: 2592px;" class="wp-caption alignnone"><a href="http://shunen.jp/shnews-admin/wp-content/uploads/2016/12/a568dc5c5fa26e9aa12e4e8918f27a6c.jpg"><img class="size-full wp-image-685" src="http://shunen.jp/shnews-admin/wp-content/uploads/2016/12/a568dc5c5fa26e9aa12e4e8918f27a6c.jpg" alt="セミナーが開催された東京大学の経済学研究科学術交流棟" width="2592" height="1944" /></a><figcaption class="wp-caption-text">セミナーが開催された東京大学の経済学研究科学術交流棟</figcaption></figure><p>セミナーの内容は、資料目録作成の国際標準の概要にはじまり、歴史と実例の紹介、企業での整理実践事例というものでした。専門的で用語も難しいところもありましたが、大変興味深い内容でした。また、資料整理に関心の高い方々と一緒に学ぶ機会は貴重で、楽しいものでした。アーカイブには「資料整理の４原則（下記）」というものがあります。「出所の違う資料を混同しない」「秩序を残す」「むやみに原形を変更しない」「イレギュラーは記録する」ということが要点となるようです。アーカイブそのものが歴史を表現しているとみて、資料の元の形をできるだけ残そうとすることを意図しているのでしょう。そう考えていましたが、セミナーに出てみて、実際に資料を取り扱うにあたっては、「アーカイブを扱っていた人が資料検索の手がかりにしていたものを手がかりにする」という姿勢で臨むことがより重要であるという、私自身にとっては大きな発見もありました。<br /><br />このように私は勉強中で、皆さんに偉そうにアーカイブについて語ることなどまだまだできませんが、興味ある方や実際にお悩みの方と情報交換しながら、アーカイブというテーマをもっと探求していきたい。そう思いながら、赤門をくぐり、帰路につきました。<br />さて、社史編纂作業では、例えば20年前には思いもよらなかった人がその後出世して、20年前にはとても重要とは思えなかった写真が、にわかに重要写真になっているようなことがあります。史料の価値は現段階では判断できません。むしろ価値判断はしない方が良いのではないかと思います。大掃除の際には、ふとそんなことも考えてみたらどうでしょう。「ゴミばっかり増える･･･」という悩みが聞こえてきそうですが。</p><h3>アーカイブの資料整理4原則</h3><p><span class="Text-Blue">１．出所原則　</span><br />（ひとつの出所からの資料は他の出所からの資料と混合してはいけない）<br /><span class="Text-Blue">２．原秩序尊重の原則　</span><br />（その資料がもっている原秩序を残すように努める）<br /><span class="Text-Blue">３．原形保存の原則　</span><br />（その資料の物理的原形をむやみに変更しない）<br /><span class="Text-Blue">４．記録の原則　</span><br />（どうしてもこれらの原則が必要に応じて守れなかった場合、施した処置を記録しておく）<br /><br /></p>]]></content:encoded>
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		<title>思いを伝える社是・社訓⑰～オムロン</title>
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		<pubDate>Fri, 09 Dec 2016 02:00:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[斎藤 治​]]></dc:creator>
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		<description><![CDATA[「社憲」－われわれの働きで　われわれの生活を向上し　よりよい社会を作りましょう]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>オムロン（京都市）は制御機器、電子部品、健康医療機器の大手企業だ。<br />世界110カ国・地域に3万8,000人の従業員を擁する。社是に当たるのは、創業者の立石一真が1959年に定めた社憲「われわれの働きで　われわれの生活を向上し　よりよい社会を作りましょう」だ。</p><p>創業者は熊本の出身で、兵庫県庁に電機技師として就職後、民間企業の技術者などを経て、1933年に大阪で立石電機製作所を創業した。1944年に工場を京都に移した。本社のあった京都・御室（おむろ）にちなんで後に社名を「オムロン」に変更することになった。</p><p>社憲を作った背景には、「企業は利潤の追求だけでなく、社会に貢献してこそ存在する意義がある」といった創業者の強い思いがある。「社会に奉仕する義務がある。それが経営者の社会的責任で企業の公器性である」と語っている。社会から出てくるニーズに対して「できるだけ満足できる技術、製品、システムを開発して社会課題を解決する」と強調している。社憲は５月10日の創業記念に内外へ示された。「われわれの生活とは、小乗的には全社員の生活であり、大乗的には全人類です」と全社員が唱和し、名刺にも印刷した。</p><p>創業者の考えが企業文化にも色濃く反映されている。「ものごとを“できません”というな。どうすればできるかを工夫してみることだ」と述べている。考えに考え抜いて、失敗してもチャレンジし続ける。ベンチャー精神を奨励するこの文化は現在も社内で生き続けている。創業者は1991年１月に90歳で亡くなったが、その精神は社憲と共に、企業理念の中で生かされている。</p><p>2015年に改定された企業理念では、「私たちが大切にする価値観」として、<br />・ソーシャルニーズの創造<br />私たちは、世に先駆けて新たな価値を創造し続けます。<br />・絶えざるチャレンジ<br />私たちは、失敗を恐れず情熱を持って挑戦し続けます。<br />・人間性の尊重<br />私たちは、誠実であることを誇りとし、人間の可能性を信じ続けます。</p><p>企業理念の実践を促進していくために、「TOGA(The Omron Global <br />Awards)」を2012年度からスタートした。企業理念に基づくテーマを宣言して、チームで協力しながら取り組む活動だ。有言実行で、失敗してもその中から学んだことを評価するというユニークなものだ。2015年度には4,173チームがエントリーし、38,100人が参加した。エリアごとの選考で13に絞り込まれ、創業記念日に京都本社で発表会があり、日本国内ではライブ放送し、社内情報サイトを通じて海外にも発信した。企業理念の実践強化を行うため、立石文雄会長が、海外の幹部社員との対話も行なっている。こうした活動を通じて、創業者の生きた言葉が健在だ。</p>]]></content:encoded>
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		<title>匠のひとりごと 〜社史執筆の面白さに、のたうちまわりたい〜</title>
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		<pubDate>Thu, 24 Nov 2016 07:52:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[建野友保]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[スタッフのコラム]]></category>
		<category><![CDATA[現場の声]]></category>
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		<description><![CDATA[膨大な情報の加工や分析といった途方もない作業の連続。それは歴史を編むプロセス。]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><span class="Text-Blue">●膨大な資料に目眩が</span><br />　「社史の執筆なんて、爺さんライターがやる仕事」<br />　フリーランスのライターになって4年が経過した1999年、まだ42歳だった私にとって、社史執筆の仕事は、そんなイメージでした。出版界が斜陽を迎え、執筆を担当していた雑誌がポツリポツリと廃刊になっていくご時世ではありましたが、それでも継続している定期物はあったし、時代の先端に関わる仕事に携わっていたいというのが本音。老境の仕事には、相当な抵抗がありました。<br />　いくつか、部分的なお手伝いを経て、本格的にがっぷりよつで取り組んだ社史は、2002年に刊行されたコンクリート橋梁メーカーの50年史が初めてでした。元勤務先だった制作会社から私に声がかかったのは1999年ごろのこと。「爺さん仕事はイヤだなあ」と思いつつ、諸般の事情で渋々請け負った仕事でした。まさか、ここで社史執筆の面白さに目覚めるとは想像もできませんでした。<br />　最初に面食らったのは、資料の膨大さです。雑誌の単発仕事なら、せいぜい一束か二束の資料で済みますが、社史の資料は段ボール箱単位で次々と送られてきます。歴代の社内報全号や関連団体の年報、技術資料、工事記録集……原本を預かるわけにはいかないので、たいていは片面コピー。紙の枚数は倍になります。<br />　これをとりあえず本棚に詰め込んだところ、間もなく本棚は重さに耐えかねて、ものの見事に座屈･崩壊しました。頑丈そうな本棚を新調して並べ直し、ひとまずは安堵したわけですが、この膨大な資料に目を通さないといけないのかと思うと、くらくらと目眩さえ感じます。</p><p><span class="Text-Blue">●縦糸と横糸が紡がれる瞬間</span><br />　通常、原稿を書くという作業には、大きく分けて2つの段階があると思います。まずは情報収集（Input）、そして執筆作業（Output）です。必要最低限の資料収集や取材というInputを経て、Outputに進む。雑誌やPR誌の数ページ程度の仕事なら、この2段階でおおむね事足ります。<br />　しかし社史の場合はInputの情報量が膨大なので、とても小さな頭には入りそうにありません。重要そうなページに適当に付箋をつけて、そのつど参考資料にしながら書いていくのも方法でしょうが、これでは、いくつもの「点」が無秩序に散らばったような原稿になってしまう。「社史」である以上、その会社が歩んできた道程、すなわち「線」で歴史を捉えることが必須ですから、賢い方法ではなさそうです。<br />　困り果てていた時に思いついた方法の一つが、とりあえず、自分用に社内報の索引を作ることでした。1号ごとに斜め読みし、そこに書かれた内容の意味も専門用語も解読できないまま、とりあえず索引のようなものを作り、そこに、「有用そうな詳細記事」とか「時代背景の説明あり」などと、備忘録のメモをつけていくわけです。<br />　それはそれは、途方もない作業の連続で、たぶん1カ月か2カ月、ひたすら毎日、朝から晩までインデックス作成に精を出していたように思います。「こんな作業に意味はあるのか」と自問自答しつつ、さりとて、何から手を付けたらいいのか皆目見当もつきません。苦し紛れに始めた苦肉の策でしたが、これが後に大正解と判ります。取材でお聞きした話と社内報に出ていた記事が紐付けできるようになり、事業進展の前後関係がだんだん見えてきます。口頭でお聞きした話を社内報で補完して、だんだんと情報に血肉がつき始めてくる実感も湧いてきます。<br />　Excelデータなどでいただいた年表情報の類も、自分用にあれこれ書き加えて徹底的にカスタマイズしました。取材で得られた情報、業界他社や関連団体の動きを加えて、どんどん、自分専用の資料に仕立てていきます。<br />　そんな地味な作業を何か月も重ねていくうちに、ある日「あっ」と気づくわけです。茫洋として掴み所がなかった会社の歴史に、縦糸が見え始め、関連部署や社会との繋がりを示す横糸が見え始め、会社の歴史という織物が、ふわっと頭の中に浮かび始めていることを。社史ライターとしての快感に、初めて目覚めた瞬間でした。</p><p><span class="Text-Blue">●歴史を編むプロセス</span><br />　社史ライターとして、もう一つ快感を覚えることがあります。それは、原稿を提出し始めた後の打合せや、完成後の慰労会で、担当者から時折いただく、こんな言葉。<br />　「ウチの社員よりも、よっぽど、ウチの会社のことに詳しいんじゃないですか」<br />　これ、最高の褒め言葉です。表面的には「いえいえ、とんでもないです」などと平静を装ってはいますが、内心では悦びマックス、犬がビュンビュン尻尾を振っているような心境です。社史という歴史の編み物をきちんと織り上げることができて、良かった。達成感をしみじみ味わえる瞬間です。<br />　先に、原稿執筆作業には情報収集（Input）と執筆作業（Output）があると記しました。でも社史制作ではInputとOutputの間にある情報加工や分析（Process）にどれだけ真摯に取り組めるかが勝負で、ここが腕の見せ所だし、最終的に仕上がる社史の良否を決めるキモになると思っています。そしてProcessの大切さを理解してくれる辛抱強い編集者がサポートしてくれること。これも欠かせません。<br />　歴史を編むプロセスを大切にして、喜ばれる社史を作りたい。これからも、社史執筆の面白さにのたうち回りたい。つくづく、そう思います。</p>]]></content:encoded>
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		<title>年史開眼帖【実践編】第2回は「仮目次」</title>
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		<pubDate>Tue, 22 Nov 2016 01:00:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[安川佳良]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[ノウハウ]]></category>
		<category><![CDATA[編集ノウハウ]]></category>
		<category><![CDATA[年史]]></category>
		<category><![CDATA[構成]]></category>
		<category><![CDATA[目次]]></category>
		<category><![CDATA[社史]]></category>
		<category><![CDATA[記念誌]]></category>

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		<description><![CDATA[「仮目次」の切り口、組み立てがその後の年史づくりを左右する]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<h3>仮目次は年史の背骨</h3><p>　年史の制作実務で、最重要かつ難関といえるのが目次づくりです。目次とは、一般には書物の巻頭近くにあり、各章・節などの内容がどのページから始まるかを示し、巻末にある50音順のインデックス（索引）と対を成します。しかしここでいう目次づくりとは、沿革の内容がどのような構造かを示す作業を指します。部・編・章・節あたりまでを想定して、時代ごとの区分や文字量のバランスがとれているか配慮しつつ、内容を見通すための骨格となるものです。その仮段階の目次を、仮目次と読んでいます。<br />　はっきり申し上げて、目次がつくれるかどうかで、編集者や執筆者の実力が分かれます。とりわけ年史執筆者の必要十分条件が、目次づくりだと申して過言ではありません。いわゆる章立てと、章に収める記述項目を単純に羅列することは誰にでもできるのです（生意気でスイマセン）。それを目次だと勘違いされている輩も実際多いのですが、難しいのは部・編・章・節の階層に歴史情報を整理して組み立てていくことで、これは経験と才能がなければできません（大袈裟でスイマセン）。美しく整えられ、切り口鮮やかな目次は、芸術的な輝きを見せるものですよ（お見せできなくてスイマセン）。</p><h3>構成と目次の違い</h3><p>　さて、目次が沿革や企業史の骨格とするなら、別に年史全体の骨格を組み立てる必要があります。これが、一般に構成（全体構成、基本構成とも）と呼ばれるものです。例えば、巻頭に写真グラビアを何見開きか入れたい、トップの挨拶をその前後に入れて、創業者の生涯を今の社員に伝えたい、肝心の沿革はきちんと扉を設けて、中程にもう一度口絵を置いてはどうか、資料や年表は最後のほうに置くことが多いらしいが･･･など、家を新築するがごとくにいろいろな可能性をシミュレーションするはずです。一例として、こんな構成を考えたとします。</p><p>大扉→口絵→前付（発刊挨拶／目次／凡例）→創業者伝記→中口絵→<br />沿革史→資料→年表→索引→後付</p><p>　これら編集項目それぞれが編集方針にかなっているか、表現方法は適切か、カラーの配分とページ数はどうか･･･などを設計するのが構成です。編集者にとってはお手の物でしょう。一方の目次とは、上記の沿革史の中身の組み立てです。こちらは主として執筆者の領分。あくまで年史の制作実務の話ではありますが、この両者が企図されて初めて年史の全体像が朧に見えてくるというわけです。くどいようですが、その仮段階のものを、構成案や仮目次と呼んでいます。<br />　構成が立てられ、規定ページ数を考慮した目次ができて、いよいよ年史制作は次なるステップへと本格的に動き出します。忙しくなりますね。でも、構成と目次があれば、海図を読み間違うことなく、勇気ある航海へと船をこぎ出すことができるのです。</p>]]></content:encoded>
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		<title>社史編集担当者のための使える社史情報　　　　②川崎重工創立120周年記念展</title>
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		<pubDate>Mon, 14 Nov 2016 08:01:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[安川佳良]]></dc:creator>
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		<description><![CDATA[　世界最速にかけた情熱を今によみがえさせる「飛燕」レストアプロジェクト]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>　2016年10月29日、神戸ポートターミナル・大ホールにおいて開催されていた、川崎重工創立120周年記念展を見に行きました。記念展の目玉は、第2次世界大戦中に開発・製造した陸軍の三式戦闘機「飛燕」の実機展示です。同社が120周年記念事業として、知覧特攻平和会館（鹿児島県南九州市）に展示されていた国内に現存する唯一の機体を修復・復元し、プロジェクトの歩みとエンジンの過給器の技術史とともに紹介しています。展示テーマは「世界最速にかけた誇り高き情熱」。航空遺産である飛燕から最新のモーターサイクルNinjaまで、川崎の技術者たちに受け継がれた最速への熱い思いを感じてほしいというわけです。さすが120年の風格は、神戸に川崎重工あり、という感じですね。</p><figure id="attachment_628" style="width: 640px;" class="wp-caption alignnone"><a href="http://shunen.jp/shnews-admin/wp-content/uploads/2016/11/IMG_0031.jpg"><img class="size-full wp-image-628" src="http://shunen.jp/shnews-admin/wp-content/uploads/2016/11/IMG_0031.jpg" alt="「飛燕」実機が展示され盛況の会場" width="640" height="480" /></a><figcaption class="wp-caption-text">「飛燕」実機と最新モーターサイクルNinjaが展示され盛況の会場</figcaption></figure><p>　飛燕がどのような戦果を上げた航空機なのかはわかりませんが、当時の日本の工業力を結集してつくられたに違いありません。銀色の機体は実にスマートです。これで大きな液冷発動機（日本唯一らしい）を積んで高速飛行していたとは思えません。場内は撮影フリーで、広報の方がそこかしこでパネル展示の説明に当たっていました。</p><figure id="attachment_631" style="width: 640px;" class="wp-caption alignnone"><a href="http://shunen.jp/shnews-admin/wp-content/uploads/2016/11/IMG_0029.jpg"><img class="size-full wp-image-631" src="http://shunen.jp/shnews-admin/wp-content/uploads/2016/11/IMG_0029.jpg" alt="エンジン（実物）" width="640" height="480" /></a><figcaption class="wp-caption-text">エンジン（実物）</figcaption></figure> <figure id="attachment_629" style="width: 2448px;" class="wp-caption alignnone"><a href="http://shunen.jp/shnews-admin/wp-content/uploads/2016/11/FullSizeRender-2.jpg"><img class="size-full wp-image-629" src="http://shunen.jp/shnews-admin/wp-content/uploads/2016/11/FullSizeRender-2.jpg" alt="展示パネル" width="2448" height="2448" /></a><figcaption class="wp-caption-text">展示パネル</figcaption></figure><p>　1896（明治29）年に神戸に川崎造船所が設立されてから120年。奇しくも<br />2017年元旦には神戸港が開港150周年を迎えることから、神戸にはさまざまなイベントが控えているようです。今回の展示はその先陣を切った感じです。120年史を発刊されるのかわかりませんが、こうしたプロジェクトの経緯を同時進行で載せられれば、周年事業と連動した新奇性のある社史ができるかもしれないなと感じました。ブランド戦略の一環として、というと堅苦しいですが、大切な節目の周年を活かして存在感を示した良い企画であったと思います。それはまた、戦争によって散った若く未来ある青年たちの命の尊厳を、技術史を通して心に刻むことをメッセージしているともいえるでしょう。<br /> <br /><a href="http://www.khi.co.jp/kawasakiworld/" target="_blank">企業ミュージアムはこちら（カワサキワールド） </a></p>]]></content:encoded>
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		<title>社史ライターのつぶやき～最後の大仕事～</title>
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		<pubDate>Fri, 14 Oct 2016 01:51:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[周年倶楽部編集部]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[スタッフのコラム]]></category>
		<category><![CDATA[現場の声]]></category>
		<category><![CDATA[周年史]]></category>
		<category><![CDATA[年史]]></category>
		<category><![CDATA[担当者]]></category>
		<category><![CDATA[社史]]></category>
		<category><![CDATA[資料]]></category>
		<category><![CDATA[資料整理]]></category>

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		<description><![CDATA[長丁場となる社史の制作には、地味な作業の継続と強い忍耐力が必要である。]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>膨大な書類の中から探し出す史料の数々、校正と確認。実際に社史に関する業務に充てられる時間は、深夜からや土日などというケースも耳にすることがある。これは、数年前にある製薬会社の社史を制作した時の話である。<br /><br />社史の担当をしてくださっていたのは、定年後に嘱託社員として勤務しておられたT相談役である。かつては鬼の総務部長として社員から恐れられたというが、もはやその面影は薄れて穏やかな好々爺といった風情であった。しかしある時、T相談役が打ち合わせの時になぜか眉間に皺を寄せておられたことがある。私は思い切ってその理由を訊いてみた。するとT相談役はこう打ち明けてくれた。<br />「最近の若者には、自分の仕事に対する愛情がない。人生のほとんどの時間を過ごす場所ですよ？　そもそも社史制作を大切な仕事だと思っていない。お恥ずかしいのですが、私の部下のせいで史料の提出が遅れそうです」<br /><br />私は恐縮したが、さらに詳しく話を聞いてみるとT相談役の言われることは尤もだと思った。<br />T相談役は、入社5年目の男性社員に50年分の史料をテーマごとに会社の書庫から探して欲しいと頼んでおいたのだが、2週間後に史料を受け取るとA4用紙換算で僅か7枚程度しかなかったという。彼いわく、自分にはこれが限度だしそもそもこんなことに時間を割くほど暇ではない、ということだったらしい。T相談役はその瞬間、数年ぶりに堪忍袋の緒が切れたという。<br />「こんなこと、と彼は言ったのです」とT相談役は溜息をついた。</p><p>「彼は社史の制作が片手間のやっつけだと完全に勘違いしているんです。これは未来へのバトンを作る重要な仕事であり、先人たちが遺してくれた史料にこそ会社の本質が含まれています。たとえば、20年ほど前に光熱費などの経費が極端に増えた時期がありましたが、この時に受注量が一気に増えて現場をフル稼働させたことがわかります。当時の社内報にもその後すぐ支給された臨時ボーナスのことが書かれていて、実際にその年の利益は伸びている。実に興味深いですよね。正直に言うと、私も社史の仕事を任された当初は戸惑いましたが、だんだんおもしろくなってきたのです。しかし彼にはそうは思えないのでしょう。興味すら抱こうとしない。同じ釜の飯を食う人間としてお恥ずかしい限りです」</p><p>私はつい、若かりし日のT相談役に想いを馳せた。そこは自身の人生すべてが刻まれた「劇場」だったに違いない。今まさに彼は、その記憶と経験を未来につなげようとしているのだ。会社の歴史の目撃者ともう言うべきT相談役の「最後の大仕事」への情熱は想うに余りある。<br /><br />私は、T相談役に訊いてみた。「制作チーム、作り直しますか？」と。<br />すると彼はにやりと笑ってこう答えた。<br />「いや、彼と二人でとことんまでやります。もちろん、このいきさつも社史にきっちり載せるつもりですよ。私の責任においてね」</p><p>その後、この製薬会社では立派な記念式典が開催された。社史もこのとき少なからぬ取引先や得意先に配られたのだが、数日間は多くの感想や感謝の手紙が寄せられたという。社史はまだまだ、奥が深い。</p><p>阿部 諭</p>]]></content:encoded>
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		<title>思いを伝える社是・社訓⑮～たねや</title>
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		<pubDate>Thu, 06 Oct 2016 05:16:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[斎藤 治​]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[シリーズ]]></category>
		<category><![CDATA[思いを伝える社是・社訓]]></category>
		<category><![CDATA[たねや]]></category>
		<category><![CDATA[企業理念]]></category>
		<category><![CDATA[周年史]]></category>
		<category><![CDATA[年史]]></category>
		<category><![CDATA[社史]]></category>
		<category><![CDATA[社是]]></category>
		<category><![CDATA[経営理念]]></category>
		<category><![CDATA[近江商人]]></category>

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		<description><![CDATA[先代CEOの山本徳次名誉会長がまとめた～末廣正統苑（すえひろしょうとうえん）～]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>「たねや」グループ（滋賀県近江八幡市）は全国に50店舗、売上高約200億円という和洋菓子製造販売の大手企業だ。バームクーヘンの「クラブハリエ」もたねやグループの一員だ。江戸時代に材木商に端を発し、種苗を扱うようになった。「たねや」の屋号の由来だ。1852年（明治５年）に「種屋末廣」の屋号で菓子業を始め、創業以来の「栗饅頭」は健在だ。</p><p> 「たねや」グループの社訓は、先代CEOの山本徳次名誉会長が1984年に商いへの心得をまとめた「<span class="Text-Blue">末廣正統苑（すえひろしょうとうえん）</span>」に込められている。９代目当主で「たねや」３代目の山本名誉会長は、東京のデパートに出店するという節目に、経営理念や基本方針をまとめ、和綴じの冊子にした。京都在住の劇団主宰者、長田純氏の協力を得て完成したもので、先代の父親から教えられたことや、近江商人の実践的な行動理念などが盛り込まれている。</p><p> 「『商い』とは福を見つけ　福をつくり　福分けをすることと覚ゆれば商行（あきない）の心　次の五条と心得べし」という<span class="Text-Blue">商人心得五条</span>は、</p><p> <span class="Text-Blue">一に　商人は何事も「手塩にかける」ことと心得べきなり<br />二に　敬う心こそ商人の心の芯なり<br />三に　正直にして有難き合掌感謝の心こそが　明日の商ひを呼び寄すなり<br />四に　工夫の心<br />五に　装ひの心</span></p><p> 商品を自分の娘と思って大切に大事に作り、商品を買ってくださるお客様への感謝の心を忘れず、何よりも嘘をつかない。常に工夫を重ねることが明日の商いの糧となり、惹きこまれるような魅力のある雰囲気や個性、豊かさという「装い」が商品に反映されそれがお客様への礼儀となる。</p><p> 「たねや」の経営理念である「商道は人道である」「手塩にかけること」「今日如何にお客様によろこんで頂けたかの心」はそれを集約したものだろう。<br />また、終業時には「一つ　私は素直な心でいただろうか　二つ　私は人様の無事と倖せを祈る心を忘れはしなかったか　三つ　私は正直と敬う心を持っていただろうか　四つ　私は装う心を大切にしていただろうか　五つ　私は手塩にかける心を忘れてはいなかったか　六つ　私は感謝の心を持っていただろうか　七つ私は親切の心を大切にしていただろうか　八つ　私は活き活きする前進の心を持っていただろうか」という「八つの心」を全員で唱和する。</p><p> 「末廣正統苑」の内容を確認し、日々の反省に役立てるのが狙い。社員全員が自分で冊子を購入し、新人研修や業務が始まる前に音読したり、管理職会議でも輪読したり、まさに「たねや」のバイブルとなっている。社員が1000人に増えても、一人一人に社訓や行動指針が徹底できるのは、こうしたシステムに支えられている。</p>]]></content:encoded>
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		<title>毎日が周年～西院ミュージックフェス（京都・西院）　</title>
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		<pubDate>Thu, 08 Sep 2016 06:27:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[星野知也]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[現場の声]]></category>
		<category><![CDATA[編集長コラム]]></category>
		<category><![CDATA[アニバーサリー]]></category>
		<category><![CDATA[周年]]></category>
		<category><![CDATA[周年史]]></category>
		<category><![CDATA[年史]]></category>
		<category><![CDATA[社史]]></category>
		<category><![CDATA[西院ミュージックフェス]]></category>
		<category><![CDATA[記念誌]]></category>

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		<description><![CDATA[この夏、全国で様々な音楽フェスが開かれましたが、「西院ミュージックフェス」ってご存知ですか？]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>今年でちょうど15周年。8月に2日間かけて、京都・<wbr />西院の神社、路面電車、温泉、幼稚園、喫茶店、居酒屋・・・、<wbr />と町の至る所でプロ・<wbr />アマ様々なジャンルのミュージシャンが登場し、ライブ（<wbr />投げ銭制！）を繰り広げます。<br />全国的に有名なフェスと比べると、<wbr />確かに規模は小さいかもしれませんが、<wbr />ミュージシャンとの距離が近く、<wbr />観客や会場のスタッフも一緒になって音楽を楽しみ、<wbr />町ぐるみで盛り上がる。そんなアットホームな雰囲気が魅力で、<wbr />15年も続いたのは、<wbr />やはり根強いファンに支えられているからでしょう。<wbr />例え小さくても、他にはない価値や魅力があるってステキですね！</p>]]></content:encoded>
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